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インビクタス-負けざる者たち-

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2009年/アメリカ/134分/配給ワーナー・ブラザーズ
監督・製作 : クリント・イーストウッド
原作 : ジョン・カーリン
出演 : モーガン・フリーマン 、 マット・デイモン 、 トニー・キゴロギ 、 パトリック・モフォケン 、 マット・スターン
2010年2月5日より丸の内ピカデリーほか全国にて公開

南アフリカにサッカー・ワールドカップがやってくる今年、巨匠イーストウッドが1995年の南ア・ラグビーワールドカップ(WC)で起こった一つの奇跡を描いた。

M・フリーマン演じるマンデラは黒人初の大統領になったが、アパルトヘイトの爪痕は深く、人種間の和解は容易ではない。ラグビーを通じて国民をまとめようと、白人支配の象徴として廃止寸前だったスプリングボクスを救い、若き主将(M・デイモン)に使命を託す。二人の人種を超えた信頼と友情は、人々の心を溶かし決勝戦で奇跡の瞬間をもたらした。

実際の試合を忠実に再現した決勝戦は迫力満点で、M・デイモンも40歳目前とは思えない肉体と迫力で魅せる。試写会では、得点が入るたびに、割れんばかりの拍手と掛け声が観客席から起り、映画を“観戦”しているようだ。上映後には、そこかしこで元ラガーマンと思しき体格の中年紳士たちが、目を真っ赤にしていたのが印象的であった。

勢いに乗って2時間14分が一気に過ぎる爽やかな作品だが、物語のキーをマンデラ個人の徳(?)に置き過ぎたからか、少々ツルリとした印象も残る。ハリウッドがアフリカを舞台にすると、善意であれ悪意であれ、集団としての意思や知恵が、個人の信条や悪巧みというレベルでしか描かれないのは、もったいない(対アフリカに限ったことではないのかも)。

前後して出版された原作「インビクタス」(NHK出版)では、背景が丁寧に描かれている。常に政治と関係する宿命の南アラグビー。旧政権は、国内の白人を黒人から隔てる為にラグビーを用い、国際的には、ラグビー人気で反アパルトヘイトの気運を和らげようとした。一方、ANCはかつて南アスポーツの孤立を画策し、スプリングボクスも国際試合から排除されていた。

マンデラ政権は、このかつての鞭をアメに変えようとしていた。来る1995年WCは、南アにとって名誉挽回の為の特別な試合になる。当時、全人種参加選挙を控えた南アでは、白人右翼が過激化、黒人解放の英雄は暗殺され、政権転覆計画まで露見、マンデラ政権にとって、一般の白人国民の支持を得ることが急務となった。スプリングボクスの存続と活躍は、国家の瓦解を防ぐ究極の選択だったのだ。

書籍版を読む限り、この奇跡を起こしたのは一人の英雄だけではなく、彼を取り巻く人々の怜悧な計算が元になっている。見るべきは、苛烈な弾圧を受けてきた人々が、戦略的に赦しを選択し、それが功を奏したという、新生南アフリカの生き様であり智恵なのではないかと思う。
人種を超えた一体感を掴んだ“奇跡”から15年、スプリングボクスの廃止案はその後も忘れた頃に浮上しては沈んで行くという。負の遺産は余りに大きすぎ、虹へ向かう道は険しいのだろうが、マンデラよりもある意味遥かにアフリカ的な指導者に率いられた今日の南アフリカに、新たな奇跡を期待してもよいのだろうか。

by 吉田未穂 MIHO YOSHIDA
DoDoWorld2010年月号掲載「アフリカを観る」